[夏の甲子園] 気づくと病室に、学校も友の名も野球のプレーも思い出せない…１年間の努力で未来を切り開く

　夏の全国高校野球大会の東・西東京大会は１６日、３回戦計１５試合が行われた。東大会は、シード校の共栄学園が逆転勝ちで初戦を突破。強豪・日大豊山もコールド勝ちで４回戦に駒を進めた。西大会では、世田谷学園が逆転勝ちで福生を下したほか、好投手を攻略した工学院大付が４回戦進出を決めた。 兄に憧れ「野球の道」に進んだ妹、ボールパーソンで参加…負けた仲間に「しっかりしよう」と声かけ自身も涙 記憶喪失言い訳にせず　松本勇庵選手（大森学園３年）大森学園８―０東海大高輪台大森学園―東海大高輪台　１回無死、安打を放ち、１塁上で笑顔を見せる大森学園・松本勇庵（１６日、大田スタジアムで）＝大金史典撮影　大会９日目に迎えたチーム初戦のトップバッターを任された。「絶対に塁に出て、勢いをつけてやる」。３球目の内角の直球を中前に運ぶと、一塁ベース上でベンチに向かって右手人さし指を細かく振るしぐさを見せて喜んだ。 　昨年６月、自宅マンションの階段で転倒。気がつくと病室にいたが、自分がなぜそこにいるのか理解できなかった。数日後に退院したものの、学校の場所はわからない。学校で友達と会っても名前は思い出せなかった。医師からは頭を強く打ったことによる「外傷性健忘」と診断され、中学以降の記憶をほぼ失ったことを知った。　野球の記憶は、小学生の軟式野球まで。部活に復帰した直後は、打席に立てば球の速さに、外野守備でも打球の鋭い伸びに戸惑う日々。昨年の夏と秋はベンチ入りできなかった。　「あの時、ああすれば良かったというのは嫌いだな」。転機となったのは、昨秋に行われた練習試合後の全体ミーティングで発した石黒隼監督のこの言葉だった。試合に出られないことを転倒事故のせいにしていた自身を見つめ直した。　打撃フォームを取り戻すため、事故前に撮影していた動画を見たり、日記を読み返したり。さらに１日５食の「食トレ」と「筋トレ」で体重を約１０キロ増やした。肉体強化が長打力アップにつながり、今春の都大会は、出場した全試合で安打を放ち、チームのベスト１６入りに貢献した。　夏初戦だったこの日も、１安打２四球２盗塁と躍動。試合後は「これからも１番バッターとしてチームを鼓舞していきたい」と力強く話した。初優勝を目指すチームの夏は始まったばかりだ。（岡本立）