決められないパウエル議長、トラウマからの脱出法は

米連邦準備理事会(FRB)は追加利上げするのか、5%を超える政策金利をいつまでホールド(維持)するのか、そして、利上げから利下げへの転換はいつか。これら市場が知りたい事柄に、FRBのパウエル議長は、いつになったらこたえられるのか。今週開く9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では難しいであろう。FOMC参加者による政策金利の見通し(ドットチャート)が手掛かりのひとつだが、外れっぱなしである。最大のネックは、パウエル議長が、すでに2つの痛恨の判断ミスをしたというトラウマの呪縛から逃れられないことだ。まず、米国の今回のインフレを当初、何回聞かれても、頑固に「一過性」と片付けたこと。2021年11月になって、ようやくインフレが本格的であることを認めたが、22年3月のゼロ金利解除決定まで、緩和政策を放置した。これが2つ目のミスだ。その間、市場の底流ではインフレのマグマが沸騰していた。これが2つ目のミスの結果、インフレ抑制が後手に回り、不況という副作用のある劇薬ともいえる0・75%刻みの利上げ連発を強いられた。そして、ようやくインフレが減速軌道に乗ったかと思われる今、史上最速利上げの政策効果がいまだ判定できない。金融政策には、1年から1年半のラグがあるからだ。最悪のシナリオは、利上げ停止宣言の後で、これまでの利上げ効果が顕在化して、本格的な不況に陥ること。あるいは、宣言後にインフレがぶり返すこと。これには、FRBの歴史のなかで苦い経験がある。パウエル氏が最も恐れることは、自ら明言しているが、国民の間にインフレマインドが定着してしまうことだ。足元で原油価格が高騰している。FRBは物価動向をみる際に、価格変動の激しい原油を除くコア指数を重視するが、国民の間でインフレ長期化が懸念され、国内総生産(GDP)の約7割を占める個人消費が落ち込むことにもなりかねない。パウエル議長は最終的にインフレとの闘いに勝利宣言できるようになるには、「意味のある=meaningful」経済指標の持続的変化が必要だとも一貫して述べてきた。しかし、例えば、失業率が現在の3%台後半という歴史的低水準から、4%台半ばというFRBの「期待値」まで、持続的に「悪化」して労働市場の過熱感が払しょくされるのはいつの日か。最後は、パウエル議長の「経営者感覚」が問われる。全ての条件がそろわずとも、リスクをとって、金融政策の

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決められないパウエル議長、トラウマからの脱出法は

米連邦準備理事会(FRB)は追加利上げするのか、5%を超える政策金利をいつまでホールド(維持)するのか、そして、利上げから利下げへの転換はいつか。

これら市場が知りたい事柄に、FRBのパウエル議長は、いつになったらこたえられるのか。今週開く9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)では難しいであろう。FOMC参加者による政策金利の見通し(ドットチャート)が手掛かりのひとつだが、外れっぱなしである。

最大のネックは、パウエル議長が、すでに2つの痛恨の判断ミスをしたというトラウマの呪縛から逃れられないことだ。

まず、米国の今回のインフレを当初、何回聞かれても、頑固に「一過性」と片付けたこと。2021年11月になって、ようやくインフレが本格的であることを認めたが、22年3月のゼロ金利解除決定まで、緩和政策を放置した。これが2つ目のミスだ。

その間、市場の底流ではインフレのマグマが沸騰していた。これが2つ目のミスの結果、インフレ抑制が後手に回り、不況という副作用のある劇薬ともいえる0・75%刻みの利上げ連発を強いられた。そして、ようやくインフレが減速軌道に乗ったかと思われる今、史上最速利上げの政策効果がいまだ判定できない。金融政策には、1年から1年半のラグがあるからだ。

最悪のシナリオは、利上げ停止宣言の後で、これまでの利上げ効果が顕在化して、本格的な不況に陥ること。あるいは、宣言後にインフレがぶり返すこと。これには、FRBの歴史のなかで苦い経験がある。

パウエル氏が最も恐れることは、自ら明言しているが、国民の間にインフレマインドが定着してしまうことだ。足元で原油価格が高騰している。FRBは物価動向をみる際に、価格変動の激しい原油を除くコア指数を重視するが、国民の間でインフレ長期化が懸念され、国内総生産(GDP)の約7割を占める個人消費が落ち込むことにもなりかねない。

パウエル議長は最終的にインフレとの闘いに勝利宣言できるようになるには、「意味のある=meaningful」経済指標の持続的変化が必要だとも一貫して述べてきた。しかし、例えば、失業率が現在の3%台後半という歴史的低水準から、4%台半ばというFRBの「期待値」まで、持続的に「悪化」して労働市場の過熱感が払しょくされるのはいつの日か。

最後は、パウエル議長の「経営者感覚」が問われる。全ての条件がそろわずとも、リスクをとって、金融政策の舵(かじ)を取る決断力だ。エコノミスト的なシナリオ分析ばかりでは、らちが明かない。

具体的には、実質政策金利は例えばプラス1%程度を目安とするというようなフォワードガイダンス(金融政策の先行き指針)を発することだけでも、市場の視界不良は改善されよう。米国のインフレは減速トレンドゆえ、名目政策金利を現水準に据え置いても、実質政策金利はプラス圏となり、景気抑制的(restrictive)な水準を維持する。これをアトランタ連銀のボスティック総裁は、受動的引き締め(passive tightening)と呼んでいる。

実質政策金利を重視するニューヨーク連銀のウイリアムズ総裁は、来年、インフレ率が更に下落すれば、名目政策金利を引き下げても、実質政策金利はプラス1%を維持できる可能性を示唆している。市場は「利下げ」を歓迎、FRB側は、景気過熱に一定の歯止めをかけることで、秩序ある金融正常化が期待できるのではないか。

今のままでは、袋小路。「ジャクソンホール会議」でも議論されたが、金融政策の発想の転換が必要な時期である。

豊島逸夫(としま・いつお)
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
YouTube豊島逸夫チャンネル
・業務窓口は[email protected]

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